過払い請求でお困りの場合

過払い請求や自己破産等、金銭での悩みや、金銭トラブルでお困りの場合には、専門の法務事務所でまずは相談することが良いかと思います。こうした過払い請求等、金銭関連の専門家ですので、あらゆる相談にのってくれますし、相談で費用のかからない事務所はたくさんございます。安心して、相談して、解決策を導いてもらいましょう。
「過払い請求」とは、貸金業者から借りたお金よりも返済した金額が上回った場合(お金を払いすぎた場合)に、利用者が貸金業者に対して起こすことが出来る行動です。「過払い請求」を行うには、これまでの取り引きに関する証明や履歴などの書類を揃えたり、裁判所へ出向かなければならないなど、手間も時間も掛かりますが、払いすぎたお金が戻ってくるので行って損は無いと思います。
 日本の研究機関として初めてイタリア・ポンペイ遺跡の発掘を行ってきた古代学協会(京都市中京区)が14年に及ぶ調査の報告書をこのほど完成させた。同遺跡の探査に情熱を傾けた同協会理事長で歴史学者角田文衞さんは2年前に他界したが、その遺志を継いで後輩たちが成果をまとめた。
 1951年発足の古代学協会は平安京発掘やエジプト・ピラミッド調査で実績を積み、89年、角田さんを中心に「都市機能の解明、城郭形成の過程を探る意義は大きい」と、ポンペイ調査を計画した。当初は発掘許可が下りず、4年間は地表調査のみだったが、馬車の交通ルールの存在などを確認。角田さんはイタリア政府と粘り強く交渉し、許可を取り付けた。
 93年から派遣された調査団の目標は、都市を囲む城壁の8門のうち未確認の門で、19世紀の古地図にある「カプア門」の確認だった。現場一帯は厚い火山灰に覆われていたため、地中レーダーや気球からの測量などハイテク機器を駆使。2006年まで計14次の調査で塔の遺構は確認したが、門は見つからなかった。「塔の出入り口のアーチを門と見誤った」とし、地図や言説の誤りを実証した。
 火砕流などの分析から、都市が壊滅したメカニズムにも一石を投じた。「火山灰で一瞬にして滅んだ」とする定説に対し、「軽石粒の火山灰が降り、翌日発生した火砕流が都市と市民の命を奪った」とした。また火砕流層に奴隷とみられる2遺体を発見、地元でも大きく報道された。95年、同協会は現地に西方古典文化研究所を設け、若手研究者の育成と交流を後押しした。
 角田さんの門下で、全調査団に加わった同協会理事の江谷寛さん(79)は「角田先生は調査団長として毎回陣頭指揮し、その人脈で資金も調達できた。この発掘経験は、次代の研究者に生きている」と語る。報告書は英語版。土器片、コインなど出土品は約20万点のうち8千点を詳細な図入りで掲載。300部作成し、国内外の関係者らに配布する。(河村亮)

■ポンペイ遺跡とは
 ポンペイ遺跡古代ローマ時代の紀元79年、ベズビオ火山の噴火で、古代都市ポンペイが火山灰の下に消え、「ポンペイ最後の日」と言われた。長い間忘れ去られていたが、1748年に再発見され、以来260年にわたる古典考古学の重要な遺跡として調査が続けられる。

 日本の研究機関として初めてイタリア・ポンペイ遺跡の発掘を行ってきた古代学協会(京都市中京区)が14年に及ぶ調査の報告書をこのほど完成させた。同遺跡の探査に情熱を傾けた同協会理事長で歴史学者角田文衞さんは2年前に他界したが、その遺志を継いで後輩たちが成果をまとめた。
 1951年発足の古代学協会は平安京発掘やエジプト・ピラミッド調査で実績を積み、89年、角田さんを中心に「都市機能の解明、城郭形成の過程を探る意義は大きい」と、ポンペイ調査を計画した。当初は発掘許可が下りず、4年間は地上調査のみだったが、馬車の交通ルールの存在などを確認。角田さんはイタリア政府と粘り強く交渉し、発掘許可を取り付けた。
 93年から派遣された調査団の目標は、都市を囲む城壁の8門のうち未確認の門で、19世紀の古地図にある「カプア門」の確認だった。現場一帯は厚い火山灰に覆われていたため、地中レーダーや気球からの測量などハイテク機器を駆使。2006年まで計14次の調査で塔の遺構は確認したが、門は見つからなかった。「塔の出入り口のアーチを門と見誤った」とし、地図や言説の誤りを実証した。
 火砕流などの分析から、都市が壊滅したメカニズムにも一石を投じた。「火山灰で一瞬にして滅んだ」とする定説に対し、「軽石粒の火山灰が降り、翌日発生した火砕流が都市と市民の命を奪った」とした。また火砕流層に奴隷とみられる2遺体を発見、地元でも大きく報道された。95年、同協会は現地に西方古典文化研究所を設け、若手研究者の育成と交流を後押しした。
 角田さんの門下で、全調査団に加わった同協会理事の江谷寛さん(79)は「角田先生は調査団長として毎回陣頭指揮し、その人脈で資金も調達できた。この発掘経験は、次代の研究者に生きている」と語る。報告書は英語版。土器片、コインなど出土品約20万点のうち、8千点を詳細な図などで掲載。300部作成し、国内外の関係者らに配布する。
■ポンペイ遺跡
 古代ローマ時代の紀元79年、ベズビオ火山の噴火で、古代都市ポンペイが火山灰の下に消え、「ポンペイ最後の日」と言われた。長い間忘れ去られていたが、1748年に再発見され、以来260年にわたる古典考古学の重要な遺跡として調査が続けられる。

 京都市埋蔵文化財研究所がこのほど、金ぱく瓦や御土居(おどい)といった豊臣秀吉に関連する京都市内の遺跡や出土品の写真や記録をまとめた冊子「京都 秀吉の時代」を発行した。
 秀吉は寺院造営や大規模な京都の町割りを行った。冊子では、市埋文研が行った方広寺(東山区)や聚楽第(上京区)といった市内各地の発掘成果を写真入りで紹介している。
 伏見城(伏見区)周辺などで見つかった金ぱく瓦も収録しており「きらびやかだった秀吉の時代に思いをはせてみては」(市埋文研)としている。1200円。市考古資料館などで販売中。